十年(香港版) 隠れた名作映画10

香港の2047年問題とは

 イギリスが統治していた香港が中国に返還されたのが1997年。99年という途方もなく長い貸借期間を終えて、合法的に中国に戻ってきました。
 イギリスも、99年という契約をした時は「永遠ともとれる長い期間」をイメージしたのでしょうが、どんなに長くてもその日はやってくるものです。時のイギリス首相だったサッチャーさんがあれこれ粘ったものの、結局は返還を拒むことができませんでした。交渉の後、よろけるサッチャー首相の映像が彼女の動揺を物語っておりました。
 中国に返還されたものの、それまでイギリス民主主義社会の一員として生活して来た香港市民への配慮や経済政策として「返還後50年は社会主義政策を香港には適用しない。」という英中の共同宣言も出されています。

 しかし、2014年、駐英の中国大使が「現在は50年宣言は無効である。」と発表するなど、50年を待たず中国共産党の支配がじわじわと進んでいるように感じます。

2015年に「十年」は作られた

「十年」は、映画が作られた2015年のちょうど10年後、当局の締め付けがさらに強まり、生きづらさを感じる時代の到来を暗示するような内容です。政局の安定の駒にされて死んでいく人、それまで使われていた広東語から標準語への転換に振り落とされるタクシー運転手など、本当に起こりそうな内容だけに背筋が寒くなります。

特にわかりやすいのが、第3話「方言」

 普通語(中国の標準語)を普及させる政策として、試験に合格した運転手しか空港など主要な場所での営業ができなくなる。これまで普通に広東語で働いていた主人公は、少しずつ生活の糧を奪われていきます。
 これが日本だったら、「英語義務化政策」に当たるのでしょうか。言葉を統制するというのは、言論や文化を封じ込める効果的な手段のひとつなのでしょう。
 そういえば日本も昔、そんなことをした時代がありました。(だから、いつまでも謝り続けるというのも違う気がしてますが。)

もうひとつが、第5話「地元産の卵」

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 「良くない言葉」を探し、それを写真に撮って知らせるという活動をしている少年団。彼らは「地元産」という言葉が「良くない言葉」のリストに載っているという理由だけで、その意味も考えずに「それが決まりだから」と言って密告する。「良くない言葉」に溢れている書店も攻撃のターゲットになり・・。
 体制にとって都合の悪いものはどんどん排除しようとする空気は、今の中国には少なからずあるようです。最近では「天安門事件30年」を扱ったテレビ報道が、中国では画面が消されて何も見えなくなっていたといいます。それまで普通に流れていた映像が、天安門関連になった途端に映らなくなる。きっと、スイッチに指をかけて放送を見続ける役割の人もいるのでしょうね。
 天安門事件そのものの議論以前の問題として、恐ろしくなります。そんな世界が香港にも近づいてきているのかもしれません。

この映画が評価を受けた香港に救われる思いがする

 中国本土でこのような映画が作られたら、上映前に消されていたでしょう。映画だけでなく、制作に携わった人たちの身にも何かが起きるかもしれません。
 しかし、香港で自主制作され、当初は1館だけの上映だった「十年」がじわじわと人気を獲得し、2016年の香港電影金像奨では最優秀作品賞を受賞しています。一方、中国本土はというとこの映画を酷評し、放送予定だった香港電影金像奨も映さないテレビ局があったり、良いイメージを持っていません。(そりゃそうでしょう。)

 現在はかろうじて言論の自由が担保されている香港が、この映画を評価してくれたことを、ひとつの救いに感じます。これからも香港にはしっかり頑張ってほしい。そう願うばかりです。

 もしかしたら中国共産党が完全支配するかもしれない2047年まで残り28年です。まだまだ先のようですが、実際にはあっという間の出来事でしょう。その時に、中国政府がどう判断して動くのか。香港市民がどう行動するのか、注目しないわけにはいきません。

日本版「十年」も昨年公開されました

エンターテイメントとしての映画とはやや距離を置く作品であり、必ずしも評価が高いわけではないようですが、機会があればこの作品を通して日本の近未来を考えてみるのもいいかもしれません。

私もまだ観ておりませんが。

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