麻生財務相辞任?!日本人の価値観は難しい

財務省事務次官のセクハラ問題を受けて、麻生財務相への辞任要求が野党から出ています。野党は徹底抗戦の構えを見せ、国会審議に応じない姿勢をとっています。直接セクハラをしたわけではない麻生さんが、なぜこれほどのバッシングを受けているのか。任命責任とは何なのか。国民は麻生さんの何に怒りを感じているのか。状況をもう一度見直しましょう。

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財務省事務次官のセクハラ事件

最初に事件が明るみにでたのが「週刊新潮」(4月12日)。
一対一の飲食店席上で「胸さわっていい?」「手縛っていい?」という発言をしたという。このような発言は今までも繰り返し行われ、身の危険を感じた記者が録音したということ。
これが明るみに出た時点で、福田事務次官は、

「時には女性が接客をしているお店に行き、お店の女性と言葉遊びを楽しむようなことはある」産経ニュース 4月16日

「自分の声は自分の体を通して聞くので、これが自分の声なのかどうかはよく分からない」BuzzFeed NEWS 4月18日

最初は「こんなこと言ってない。」という主張だったが、「週刊新潮」(4月26日)の続報でキスと引き換えに情報提供するという話と、被害は一人ではないという話が出て、最終的に辞任に追い込まれることになりました。

「全体としてみると、そういうことではないということだ。」(4月19日、自宅前で)

もはや、きちんとした日本語になっていません。福田事務次官本人はセクハラの認識はないと主張しているようですが、言葉自体は完全なアウトです。ぎりぎり許されるのは、夫婦くらいでしょう。(状況によっては夫婦でもアウトの場合があります。)

「週刊新潮」の報道が。福田事務次官の発言として事実なら、もはや辞任は仕方がないことでしょう。

辞任させるのか、免職なのかという判断についてここでは触れませんが、どうやら5000万円以上の退職金が出るということ。うーん・・・。

麻生財務相の任命責任はあるのかないのか

野党の皆さんは「任命責任」という言葉を使います。

「ふさわしくない人を任命したのだから、責任者の大臣に責任がある。」という論理です。

ここ、私にはよく理解できない論理なのです。

福田事務次官がとんでもないことをした⇒そんな人を任命した麻生財務相が悪い⇒そんな人を任命するようなダメな人を財務相に任命した安倍首相が悪い⇒安倍首相を任命したのは・・・天皇?国民? そこまで責任を追及する人は少ないですよね。

警察官が不祥事を起こしたら、警察庁長官に任命責任はありますか?辞任しますか?

教員が何かやらかしたら、教育委員会は任命責任から辞任しますか?

任命責任という言葉は、なんだか罪のない人を巻き込むようで、怖い発想だと思うのです。

麻生財務相に責任があるとすれば、こっちではないのか?

この事件について財務相は、

「福田事務次官との間で週刊誌報道に示されたようなやりとりをした女性記者の方がいらっしゃれば、調査への協力をお願いしたい」とセクハラの被害に遭った女性からの申告を求めた(産経ニュース 4月16日)

麻生財務相もこの方針に沿って

「相手(被害を受けた女性記者)の声が出てこなければ、どうしようもない」(産経ニュース 4月17日)
「こちら側も言われている人の立場も考えないと。福田の人権はなしってわけですか」(テレ朝News 4月17日)

麻生財務相の福田事務次官への認識「とりたてて素晴らしい人材ともいわないが、とりたててひどい人材ということでもない。」は、正直で率直な気持ちとして理解できます。実際の人事を麻生財務相が自分で決めているなんて誰も思っちゃいませんから。

それよりも、事件が明るみになった時点で隠蔽と幕引きを図る財務相のやり方を、なにも指導もないまま追従したところに、麻生財務相の責任があると思うのです。

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それは、任命責任ではなく、指導監督する責任です。この点なら、財務相と事務次官という直接のつながりのある関係ですから、責任を問うのも理解できます。

野党のみなさん、「任命責任」はよしましょう。戦うなら「指導監督責任」「事件への適切な対応を怠り、隠蔽幕引きを図ろうとした責任」です。

テレビ朝日の対応について

一連の報道が事実であれば、テレビ朝日の対応も遅かったし、大きく取り上げることも財務省に抗議をするでもなく、話が大きくなってからようやく声をあげたという感じですね。

この対応は、批判を受けても仕方のないことでしょう。

是非反省していただきたい。(実際、反省してますね。)

しかし、対応が遅れたテレビ朝日や、会話を録音して別のメディアに流した記者の道義的な責任はあるのかもしれませんが、

だからといって、セクハラ発言を繰り返した人間の罪が消えるわけではなく、とんでもないことを言った人間が、いつの間にか「まんまとひっかかった被害者」みたいに評価されてはたまりません。

そこは冷静に、別に考えなければならないことです。麻生財務相の責任も含めて。

まとめ

セクハラ問題は、それを発言した人間が悪い。これは動かし難い事実でしょう。

麻生財務相の責任は、「任命責任」ではなく、あるとすれば「指導監督責任」と「財務省が結託して隠蔽幕引きを図ったことに加担した責任」でしょう。野党のみなさんは戦うなら、そこをきちんとわきまえていただきたいものです。

テレビ朝日さん、今回の反省をただの言葉に終わらせないように、気をつけて下さい。往々にしてこのような報道の後、「実はテレ朝内でもセクハラが」なんて報道がでたりして、「ブーメラン、ワロタ。」なんていうコメントが出てくるものですからね。(コメント自体は低レベルで、すでにどちらを支持するか決めてる人が出す言葉ですけどね。)

いろいろな立場のみなさん、セクハラ発言には十分注意しましょうね。「結婚はまだか。」「子どもはやっぱり3人だな。」このあたりが十分セクハラですからね。「胸さわっていい?」なんてのは、状況を問わすアウトなのは言うまでもありません。

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