正月の民放番組から、テレビの人権感覚を考える

年末は、紅白歌合戦を見ておりました。「ガキの使いやあらへんで 絶対に笑ってはいけない アメリカンポリス24時」は、見ておりません。大晦日の風物詩となった番組ですが、一度見たら、「もう結構です。」という気持ちが湧きました。

でも、あの番組を楽しみにしている人が多いことも知ってますし、それに異を唱えるものでもありません。(いくつかの問題は指摘しますが)自分が高尚な人間だと主張するものでもありません。単に嗜好の問題で、私にとってあの番組は「肌が合わない」ものなのです。

ですから、番組を見ないでネットのニュースから想像して書いています。的外れかもしれませんが、日ごろ思っていることを書いてみます。

浜ちゃんの問題は表現の自由か、差別と考えるのか

エディーマーフィーに扮して顔を黒塗りにした浜ちゃんが非難を浴びているようですが。これは、責任を追及する問題ではありません。ひと昔前の黒人蔑視の時代から世の中は進歩し、黒人と白人のカップルや、黒人と日本人のカップルもいるし、肌の色への偏見はずいぶんなくなったように思います。自分が小中学生の頃は、外国人と言えば下校時に校門で布教活動をしているキリスト教信者さんだけでした。それが、今は子どもたちの中にも、いろいろな国の人とのハーフが存在します。田舎の都市でもです。

大部分の日本人にとって、肌の色がどうであるかということは差別の対象にはならないのです。

問題は、これからです。こんなに世論を揺るがす問題ととらえていなかった番組関係者は、人種差別という指摘をどう受け止めて、今後どのような番組作りをしていくかということです。「差別意識はない。だからスタンスは変えない。」というのか、「そんなに気分を害するものならば、民放といえど公共放送を作る立場として、今後見直しを行う。」とするのか、あるいは完全無視を決め込むのか。今後の反応に注目したいところです。

私の意見は、「悪意は全くないが、世界的にタブーになっているとすれば、控えよう。」です。その線引きには苦労するでしょう。でも、今回は「知らなかった。ごめん、今度は気をつける。」が、妥当ではないでしょうか。

問題にすべきことは他にある

最近思うのは、「お笑いの質の低下」です。それも、完全な人権侵害・虐待・いじめをネタに笑っている場面を多く見かけます。「ガキの使いやあらへんで」では、ベッキーが回し蹴りを食らって、しかも周囲から「不倫の禊(みそぎ)だ」と揶揄され笑われていたとか。蝶野正洋が月亭方正をビンタするのも、予定調和というかお決まりの結末だという。これを何十万何百万の人間がテレビを通して「ああ、今年もビンタされた。おもしろかった。良かった。」と笑顔で年を越す。

私は違和感を感じます。

「だったら見なきゃいいんだよ。」という声も聞こえそうですが、それは違います。もし、この意見が正論なら、そもそも今回の問題は起きないはずだし、残酷なものでも、ヒトラー崇拝でも、エロの極みでも、何でもありになってしまいます。「いやなら見るな。」では済まされない。公共放送には、それだけの影響力と責任がついてくるものです。

昔、こんな番組を見ました。番組名も出演者も忘れてしまいましたが、その映像は鮮明に記憶しています。お笑いバラエティ番組のひとつのコーナーだったと思います。

 郊外の広い場所で、小さな少女が縛られて泣いている。それをヒーローの「〇×△」に扮する芸人が助けにいくという設定。周りにいた出演者から、「ヒーローなんだから、危険を切り抜けて助けにこなくちゃだめ。」と言われ、危ないことを次々とやれせられる。ようやく少女の所に来て助けたと思ったら、少女は「そんなの〇×△じゃなーい!」と言って、自分で縛られていた場所に戻って「助けて―!」を繰り返す。(いじめられてた子を助けようとしたら、その子まで敵に回って自分がいじめられるという、日常でも良く聞くパターン。)最後は車の屋根にしがみついて、燃える木の塀を突き抜けるという荒業に挑戦することになる。

引きつる顔のアップ。そして鼻の下に矢印の点滅。「今から鼻水がたれるぞ、見逃さずに笑ってね。」というサインである。真剣に緊張しうろたえるひとりの姿を、他の出演者と視聴者がグルになって笑い飛ばす。

今まで見た中では、この番組が一番よくできたいじめの中継。マジで吐き気がしました。(人が見てたのでチャンネルは変えませんでした。)

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他にも、ビンタや蹴り、熱いものを触らせたり熱湯に突っ込んだり、氷の張った池に落としたり、それを何の抵抗もなく笑っている視聴者の存在を思うとき、何かしら寒いものを感じるのは私だけではない筈です。(そうであってほしい。)

笑いの質を高める

「さっきね、自転車で坂道上がる時にね、思いっきりペダル踏んだら、ブッておならしちゃってね。」ワハハハハ・・・。おもしろかった、はい、おしまい。時々振り返って、「あのおならの話は最高だった。」くらいなら、わたし的にはOK.

「さっきね、自転車で坂道上がる時にね、〇〇ちゃん、ブーっておならしたんだよ。」ワハハハハ、きたなーい。やーい、へっこき娘。みんなにも教えてやろう。これはいじめ。

いじられる人が日替わりなら、まあ許せる。いつも同じ人がいじられてるとすれば、これはいじめ。もしも月亭方正が「ビンタマシーン」でも用意して蝶野正洋を吹っ飛ばすのなら、やられるのがプロレスラーだし、永遠にやられ続けることもないだろうから、番組としては、あり。(なんだか、基準があいまいでしょうか・・。)

子どもは親の言う通りにはしない。ただ、親がしている通りに行動する

子育てでよく聞く話です。

くさい言い方かもしれませんが、テレビには視聴者の行動基準になり得る力があります。一般市民は、テレビで「こんなことやめようね。」と言ってもそうは動きません。テレビでやってることを「おもしろい」と感じればマネするのです。「この行動をマネしたら、犯罪だよな。」と思える番組が高い視聴率を取ることが、ちょっと恐ろしいです。

最近ブレイクした「ANZEN漫才」

心の優しい人たちがANZENな漫才をしてくれるなら、応援しますよ!

記事とは関係ありませんが、最後は癒しで・・・

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