いよいよ平成が終わろうとしています。
昭和から平成への移行は、小渕官房長官(当時)の唐突な映像でした。
「新しい年号は、へいせい、であります。」
天皇が亡くなったことより、こっちに目がいったのを覚えています。
そんな平成も、残り1年ちょっと。
いよいよカウントダウンですね。
個人的には天皇が「そろそろ限界」と意を決して発表なさったのだから、もっと早く動いて欲しかった。来年4月までに、天皇にもしものことがあったらどうするんだという気分。
さて、長いようで短かった。いや、けっこう長かった平成を、ベストテン形式で振り返ってみましょう。
今回は「世界を揺るがせた事件や出来事」です。
なお、ベストテンは、野球の「ベストナイン」、サッカーの「ベストイレブン」と同様、ベストテン内での順位はつけません。年度順に並べた方がわかりやすいですからね。
その1 「天安門事件」1989年(平成元年)6月4日
4月15日、政治改革に積極的だった胡耀邦元総書記が亡くなった。
それをきっかけにして、政治改革を求める学生が自然発生的に天安門に集まった。
武力介入を避けるため、政府の要人や知識人はデモの解散を促すも、学生はデモを続行。
6月4日、ついに中国人民解放軍が軍隊を投入し、武力による大量殺戮を行った。
中国体制側の発表は「死傷者319人」となっているが、数万人という説まであり、被害者数は定かでない。
その2 「ベルリンの壁崩壊」1989年(平成元年)11月9日
民主化の動きが加速していた東ドイツで、旅行や国外移住を緩和する政令を出す。
しかし、それは壁の崩壊を意味するものではなく、民衆を鎮静化することが目的だった。
ところが、政治報道局長に就任したばかりのシャボフスキーは、記者会見で大きな勘違いを犯してしまう。
イタリア国営通信のエールマンが質問する。
「それは、いつ発効するのですか?」
シャボフスキーは答える。
「私の認識では『直ちに。遅滞なく』ということです。」
さらに、
「東ドイツ国民は、ベルリンの壁を含むすべての国境からでも出国が認められる。」
と言ってしまった。
まだ閣議決定されてもいないことを、決定されたものと勘違いし、しかも言い間違い。
壁崩壊の立役者は、シャボフスキーで決定です。
その3 「湾岸戦争」1991年(平成3年)1月17日
そもそもの発端は前年(1990年)の8月、イラクがクウェートに侵攻したこと。
陸続きである両国の石油採掘権をめぐる争いといえる。
イラクに対し、国際連合が多国籍軍を組織し、空爆を開始した。
それが、1991年1月17日である。
サダム・フセイン大統領とブッシュ大統領の戦いという側面もあるこの戦争は、
多国籍軍の圧勝に終わり、3月3日にはイラクが休戦に合意。
4月6日に停戦が確定した。
その4 「ソビエト連邦崩壊」1991年(平成3年)12月
歴史が動くとき、ほぼ間違いなくキーマンが現れますが、ゴルバチョフの存在は大きかった。
彼の提唱した「ペレストロイカ」が東西冷戦を終結させ、
クーデターに遭いかなり危険な状態も何とか凌ぎ、
ソビエト連邦最後の大統領となりました。
(それまでのトップは書記長ですから、最初の大統領でもあります。)
彼の業績は意見の分かれるところではありますが、日本では今でも絶大な人気を誇っています。
その5 「ダイアナ死去」 1997年(平成9年)8月31日
ウェールズ公チャールズとの結婚から、世界的なダイアナフィーバーを巻き起こしました。
人気者のダイアナだったが、チャールズの不倫により離婚。
(お相手のカミラさんより、ダイアナさんの方が美人だし魅力あると思うのは私だけ?)
以降は、エイズ問題や地雷除去活動の支援など様々な慈善活動の先頭に立って活動していました。
一方、パパラッチと呼ばれるメディア攻勢にもさらされ、休まる時もなかったようです。
そして8月31日、パリでパパラッチのバイクに追跡された車が事故で大破。
ダイアナは帰らぬ人となってしまいました。
当時、追いかけていた報道陣は救助よりも撮影を優先させたことで問題にもなりました。
あれから20年。息子も大きくなったなあ。
その6 「米同時多発テロ事件」 2001年(平成13年)9月11日
夜のニュースでは、「貿易センタービルに飛行機が衝突」というコメントでしたが、その映像を映している最中に2機目が激突し、テロという見方が固まりました。一方、ペンタゴンが炎上するという速報も入り、一気に緊張感が高まったのを覚えています。
ビンラディンという人物がクローズアップされたのも、この事件からでした。
このテロをきっかけにアメリカは、アフガニスタン紛争、イラク戦争へと突き進むことになります。
その7 「鳥インフルエンザが世界で猛威」2004~2005年
鳥インフルエンザの存在自体は知られていましたが、それが世界の話題に上ったのは2004年の事でした。鳥インフルエンザは、毒性は強いものの人から人への感染はないというのが定説でしたが、世界保健機関(WHO)が、「鳥インフルエンザが突然変異して、ヒトインフルエンザになると、パンデミック(阻止できない大流行)を引き起こす可能性がある。」と指摘しています。そんな話題がでたのが2005年のことです。
鳥インフルエンザは、東南アジアで現在まで時々流行しては食い止められるとい繰り返し。
今のところヒトインフルエンザに変異したという話は聞きませんが、今後も人類存亡のリスクであることはまちがいないでしょう。
筆者はちょうどこの時期、ドイツに在住しておりました。ヨーロッパではマスクをする習慣がないので、風邪をひいてマスクをしている日本人は、すごい病原菌を持っているように思われ、「混雑するバスの中でも周りがよけるから座れた。」という笑えない話も聞きました。
その8 「リーマン・ショック」2008年(平成20年)
住宅バブルから生まれたサブプライムローン(簡単に言うと、お金のない人への住宅ローン)が破綻したのが2007年。
当時は住宅の価値が上がり続けていたため、「ローンを返せなければ、家が担保になる。」という目論見で作られたサブプライムローンも、住宅市場がおかしくなれば、当然破綻します。
その連鎖を止めることができず、リーマンブラザースの破産。以降は世界的な金融と経済の低迷期を迎えます。
そのあおりを受け、日本の株価も大暴落を起こします。
最近になって、ようやく落ち着いてきた感はありますが。
その9 「アメリカに初の黒人大統領」 2008年(平成20年)11月
言わずと知れたオバマ大統領。人種のるつぼと言われ、どんな民族でも受け入れてきたアメリカ。一方で黒人奴隷制の暗い過去を持つアメリカ。このアメリカから黒人大統領が出るなんて、遠い未来のことだと思っていました。
外交が弱腰だとか、言う人は言いますが、オバマ大統領の登場でアメリカはまた一歩大人になったような気がきておりました。(現在は、幼児化傾向が見られます。と言ったら言い過ぎでしょうか。)
よその国の大統領ですが、2期8年の活躍に感謝します。
それにしても、ヒラリーの不運なことよ。
初の女性大統領候補として準備が整うも、一度目はオバマ大統領にかわされ、2度目はトランプにまさかの敗戦。
特にトランプ大統領の時は、事故としか思えません。
ヒラリー大統領も、ちょっと見たかった気がします。
その10 「東日本大震災」2011年(平成23年)3月11日
マグニチュード9.0という未曽有の震災が起きて、早くも7年が経とうとしています。
大地震や、それに伴う大津波が起きるだろうということは、日本人なら誰でも理解していたこと。
でも、それが起きるのは遠い将来のこと。
そんな、根拠のない安心感があったのも事実です。
多くの人が亡くなり、福島原発は未だ完全復旧の見通しすら立たず、
これからも震災と向き合って生きていかなければなりません。
放射線の心配もなくなり、仮設住宅もすべて必要なくなり、
心から「復興した。」と言える日が、自分の生きている間に来て欲しい。
安倍首相、東京オリンピック誘致の際は、
「福島は完全にコントロール下にある。」と豪語しておられましたが、
今後の見通しはいかがなものでしょうか。
本気が見えたら応援も支持もしますよ。
いかがでしたか?
みなさんの「平成ベストテン」には、何が入るでしょう。
次回は柔らかいベストテンを書いてみますね。